2009年06月23日

青森放送株式会社

青森放送株式会社(あおもりほうそう、RAB Aomori Broadcating Corporation)は、青森県を放送対象地域とする放送局である。略称のRABは開局当初「ラジオ青森(Radio Aomori Broadcasting)」だったことに由来する。

筆頭株主は県域紙の東奥日報社である。経営や『東奥日報ニュース』などの報道で深い関係にある。なお、日本テレビ系列でありながら読売新聞グループ本社・日本テレビとの資本関係はない(青森テレビに読売新聞との資本関係あり)。かつてはテレビ朝日系列にも加盟していたが、朝日新聞社・テレビ朝日との資本関係もない。
テレビとラジオで放送されている長寿番組『RABニュースレーダー』は、ローカルテレビ放送局における夕方のニュース番組の草分け的存在とされている。
ラジオはJRNとNRNのクロスネット局、テレビは日本テレビ系列(NNN-NNS)に加盟。1975年に青森テレビがANNを離脱してから1991年10月に青森朝日放送が開局するまではANN(テレビ朝日系列)とのクロスネット局だった。
コールサインはテレビJOGR-TV(1ch)、ラジオJOGR(1233kHz)である。JOGRは過去に九州朝日放送の前身である西日本放送(現在存在する西日本放送とは別)が取得したが、失効している。
音声多重放送は1990年10月開始(青森テレビと同時)と、他の地方局よりもかなり遅い(この1年後に開局の青森朝日放送が音声多重放送を実施することになっていたことによるもの。ちなみに民放ローカル局で最も早く開始したのは富山・北日本放送の1978年12月。逆に民放ローカル局で最も遅く開始したのは北海道内民放各局の函館・室蘭・旭川・帯広・釧路・網走地区の2007年10月だった(地上デジタル放送のみ。アナログ放送は終了まで従来どおりモノラル放送。))。

スキューバダイビングに挑戦!
素肌のエクステ
ゴルフレッスンの日々
こだわりのレストランを探そう!
クラシックのグッドナイト
アロマタイムスイッチ
コスメ・メイク図鑑博士
ひまわりの天気予報
セレブな快適通販・取寄せライフ
キャンプねっと。ファミリー特集!
クリームソーダで保険比較
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首都圏の素敵な部屋
車で行こう!道しるべ
WEBマーケティングノウハウ
フラワーパークで春夏秋冬体験講座
40歳の素敵な出会い
はじめての投資に挑戦
ウサギの人材派遣でお仕事
クロールアイドルNO1
こだわりキャンプ術
うらないカフェの秘密の部屋

2001年11月19日よりテレビは24時間放送を実施している(深夜〜早朝帯は『日テレNEWS24』によるフィラー)。なお、日テレNEWS24が休止される場合でもアナログ放送のみ完全停波せずカラーバーを流している(デジタル放送では停波する。)
緊急警報放送システム実施局であり、毎週水曜日早朝の番組開始前にアナログ放送のみ試験信号を発信している(以前は日曜日の早朝に実施。デジタル放送では試験信号放送の間は番宣スポットに差し替える)。
現在使用されているマスコットキャラクターは青森県が生産日本一のりんごをモチーフにした「らぶりん」、キャッチコピーは「ホッとするね!RAB」である。いずれも開局50周年の際に一般から募集したものであり、2003年4月から使用している。なお、2008年4月から12月まではテレビ・ラジオの両方で開局55周年記念として「あっ!RAB!」が流れた。但し、ラジオでは2009年に入ってからも「あっ!RAB!」が流れている。
2007年の年間・年度視聴率は県内の放送局ではゴールデン・プライム・全日ともに首位を獲得。キー局の日本テレビが不振の中、11年連続でトップである。
2007年4月まで社員として勤務していた伊奈かっぺいはマルチタレントとして全国的にも有名。
2007年11月から2008年3月まで、同じ青森市松森に本社を置く青森テレビと共同で、「チーム守るべ青森」と題したエコプロジェクトを行っていた。なお、青森放送独自の取組として2007年からはテレビ・ラジオの両方で環境キャンペーン「そうそう、私もエコライフ」を展開している。

2009年06月09日

政党内閣の誕生(明治時代)

第3次伊藤博文内閣は、軍備の拡張を図るために地租の増徴を行なおうとした。しかし、これに自由党と進歩党が猛反対し、両党は合同して憲政党を樹立する。これにより伊藤博文内閣は退陣を余儀なくされ、日本初めての政党内閣である大隈重信内閣(第一次内閣で、隈板内閣とも言われた)が成立する。しかし、憲政党内部で対立が起こって、この政党内閣はわずか4ヶ月で退陣する。その後、憲政党(旧自由党)の支持を得て成立した第2次山縣有朋内閣によって、地租増徴案は成立して軍備拡張が行なわれると同時に、政党の影響力を抑えるために治安警察法や軍部大臣現役武官制などが公布された。

伊藤博文は、政党の必要性を悟り、自ら憲政党の旧自由党勢力と自派の官僚を結合し、1900年立憲政友会を組織し、初代総裁に就任する。伊藤が政党の党首となることに嫌悪感を抱く山縣は、明治天皇を動かし伊藤を枢密院議長にすることで政友会総裁を辞任することに成功する。政友会は西園寺公望を2代総裁に選出し、西園寺と山縣閥の陸軍大将桂太郎が交互に政権を担当する(情意投合)、「桂園時代」が展開する。これは、いわば、薩長藩閥と政友会の大連立に相当すると見なされる。
アジアの美術
よの付く言葉
スポーツのあゆみ
くの付く言葉
名犬マルチーズ
雨模様
猫ニャン
柴犬について
生命の誕生
りんごのほっぺ
版画
オークション
映画館
射撃
応用数学
トリックアート
証券取引所
乗馬
高血圧症
ゲートボール

大正時代においては、大正政変における桂太郎内閣の退陣における背景には、政党の影響力が大きかったことが挙げられる。そして大正7年(1918年)、原敬によって本格的な政党内閣が組閣された。その後も高橋是清内閣、加藤高明政党内閣が成立する。この加藤内閣のとき、男子普通選挙制が成立すると共に、治安維持法が成立した。

昭和時代においては、若槻禮次郎内閣、田中義一内閣、濱口雄幸内閣などにおいて、それぞれ立憲民政党、立憲政友会、立憲民政党を支持母体とした政党内閣が成立する。若槻・濱口内閣などは協調外交などを推進して戦争の道を進もうとする日本を何とか食い止めようとしたが、経済政策の失敗や軍備縮小などにおいて軍部や国民の支持を得られず、最後は両内閣とも辞職に追い込まれた。田中内閣は昭和恐慌などの経済政策において成功を収めたが、中国外交で強硬外交を推進して戦争の道を歩むようになる。しかしこの田中内閣も陸軍の暴走を抑えることができず、最後は張作霖爆殺事件において陸軍の処罰を行なわなかったために昭和天皇の信任を失って、辞職に追い込まれた。

ある種二大政党制が成立していたとも言える時代ではあったが、しかし、昭和7年(1932年)5月15日犬養毅首相が暗殺され(5・15事件)、戦前の政党内閣は終焉を告げたのである。犬養が暗殺されたのは、日本が孤立することを恐れて満州国の成立を承認しようとしなかったため、それに不満を持った軍部によって暗殺されたのである。そして、この事件や血盟団事件などによってテロにおびえた政治家は、以後は斎藤実などの軍人内閣によって組閣が行なわれるようになった。

その後も立憲政友会、立憲民政党からは共に入閣する者はいたがその政治力は相対的に低下していく。その一方で、両党内部にも軍部に呼応する動きが発生(政友会における中島知久平や民政党における永井柳太郎の動き)、紆余曲折を経て昭和15年(1940年)、大政翼賛会に合流することになる。一般的にはこの時代の議会は軍部や政府に従うだけの機関であったと解されているが、実際には旧政党の幹部をはじめとする多くの議員が積極的に政府・軍部が結びついて政党に替わって組織された翼賛議員同盟や翼賛政治会、大日本政治会の支配権を掌握していくことで政治的利益に与っていた。こうした動きに抵抗したのが昭和17年(1942年)に行われた翼賛選挙における「非推薦候補」であった。敗戦後、旧大日本政治会所属者を中心として当時の議員の多くが公職追放された背景には、当時の議会・政党が軍部の弾圧による犠牲者ではなく、軍部の積極的な協力者と看做されたからである。

2009年06月06日

武田征伐(たけだせいばつ)は

武田征伐(たけだせいばつ)は、織田信長が、長篠の戦い以降勢力が衰えた武田勝頼の領地である駿河・信濃・甲斐へ侵攻し、武田氏一族を攻め滅ぼした一連の合戦である。「武田崩れ」とも呼ばれる。

天正3年(1575年)、長篠の戦いの後、武田氏の外戚である木曾義昌(武田信玄の娘・真理姫の夫)は武田勝頼より秋山信友が守る美濃岩村城の支援を命じられたが、財政的な理由で勝頼に反抗した。信友は織田信長の軍に破れ処刑され、武田氏は信玄以来の西上作戦を実行する拠点を失い、逆に美濃からの織田氏の脅威にさらされることになる。織田氏は畿内や北陸における一向宗との戦い(石山合戦)や西の毛利氏との戦いに忙殺されていたため、しばらく軍を東へ向けることはなかったものの、織田氏の同盟者である三河の徳川家康は長篠以降、武田氏に対し攻勢を強め、勝頼はたびたび出兵を余儀なくされた。相次いだ出兵にかかった費用を穴埋めすべく、尋常ならざる割合の年貢や賦役を課しており、人心が徐々にではあるが勝頼から離れつつあった。義昌もその一人であるが、勝頼の側も秋山支援に動かなかったため義昌に不信感を抱いており、両者の関係は急速に冷却化しつつあった。天正10年(1582年)2月1日、新府城築城のため更に賦役が増大していたことに不満を募らせた義昌はついに勝頼を裏切り、織田信忠(信長の長男)に弟の上松義豊を人質として差し出し、織田氏に寝返った。

勝頼は、真理姫から義昌の謀反を知らされると、これに激怒し従兄弟の武田信豊(信玄の弟・武田信繁の子)を先手とする木曾征伐の軍勢5000余を先発として差し向け、さらに義昌の生母と側室と子供を磔にして処刑。そして勝頼自身の軍勢1万5000余も出陣した。

信長は2月3日に義昌の反乱を知ると武田勝頼討伐を決定、動員令を発した。信長・信忠父子は伊那から進軍。信長の家臣金森長近が飛騨方面から、同盟者の徳川家康が駿河方面から、御館の乱を契機に武田とは交戦状態となっていた北条氏政(妹は勝頼夫人)も相模・伊豆・上野から甲斐・信濃へ進軍することに決定した。

天正元年(1572年)以降、織田信忠を筆頭に池田恒興、森長可(森蘭丸の兄)、河尻秀隆らを主力とする、いわゆる「信忠軍団」が編成されており(池田は後に軍団を離脱→摂津へ)、主に、東美濃に勢力を張っていた武田の影響を排除する戦いをしていた。武田征伐時には以下のような陣容であった。
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大将:織田信忠
先鋒:森長可、団忠正、木曾義昌、遠山友忠
本隊:河尻秀隆、毛利長秀、水野守隆、水野忠重
付属:織田長益他織田一門衆、丹羽氏次他
軍監:滝川一益
また、後から続く信長直率の軍団は以下のような陣容であった。

信長
明智光秀、細川忠興、筒井順慶、丹羽長秀、堀秀政、長谷川秀一、蒲生賦秀、高山右近、中川清秀他

2009年04月22日

日本の天皇あるいは皇帝

古代の日本は、中国皇帝の別名「天皇」を、君主の称号として和名の「すめらみこと」に当てた。歴史学者の間では、「天皇」という称号の出現は天武天皇の時代という説が有力である。日本が「天皇」という称号を持つに至った経緯は、607年聖徳太子が隋の煬帝に送った手紙において、対等を表明するため「日出る処の天子」や「東の天皇」と語ったところに由来し、663年の白村江の戦いで、唐・新羅連合軍に敗れたことで、明確に唐と対等の独立国家であることを主張するためと考えられる。

養老令天子条において、「天子」及び「天皇」の称号とともに、皇帝という称号も規定されている。

日本政府は明治時代から第二次世界大戦終戦まで、世界の独立した君主国の君主を全て「皇帝」と呼称した。これは、漢語の「王」や「公」は、天子たる皇帝に臣下の礼を取る属国の長という意味合いが強く、対等を建前とする近代的外交関係においてふさわしくないと考えられたためであると考えられる。また、対外向けの呼称としても、天皇の事を「皇帝」と称した。

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江戸中期から幕末にかけて、西洋は「徳川将軍」を「皇帝」、「幕府」を「帝国政府」、諸藩の大名を「諸王国の王侯」と認識していた。鎖国中の西洋における日本に関する知識はエンゲルベルト・ケンペル著の日本誌に拠る所が大きかったが、本書において徳川将軍を「世俗的皇帝」、天皇を「聖職的皇帝」とし、両者を皇帝としたからである。江戸時代中期までは徳川幕府が禁中並公家諸法度によって朝廷を統制するような状態であり、この認識はあながち外れたものではなかったが、幕末において江戸幕府の権威がゆらぎ、天皇が将軍の上位者である事が再認識される状況において、次第に天皇が真の皇帝であると西洋諸国にも認識されるようになった。

ヨーロッパの言語では、中国の「皇帝」や日本の「天皇」の訳語にヨーロッパにおける「皇帝」を意味する語(英語のemperorやドイツ語のKaiserなど)が用いられる。江戸時代には将軍をemperor、天皇をMikadoと表記していたことがあったが、日英同盟(1902年)の覚書に「日本国皇帝」と表現されたことでemperorとなり、世界的に皇帝として天皇が認知されるようになった。ただし諸学者の中にはTennoをそのまま用いるものもある。皇族は英語ではimperial Princesとなる。日本は現在、君主の英語呼称にemperorを用いる世界で唯一の国である。

また明治から大正にかけては、外交文書に限らず国内向けの公文書においても「日本国皇帝」の称号が使われているケースがしばしばみられる。

なお、韓国では政府の公式文書や外交時の儀礼的な場以外では、伝統的な華夷秩序(原則として皇帝は中国の君主が名乗るものであるとする主張)や、小中華思想(韓国人にとって、日本が韓国より上位であることは道徳的に許されないことであり、まして日本の首長が皇帝を名乗ることは僭称であり、韓国に対する非礼であるという思想)の観点、また皇帝は帝国の君主につける呼称で、現在の日本は帝国ではなく王国であるため、その君主は王と呼ぶべきという主張、そして他の国の君主は王と呼ぶのに日本だけその格上の皇帝にあたいする天皇と呼ぶのは公平さに欠けるという主張などが交わり、天皇を「イルワン」(日王、??)、或いは「イルボンワン」(日本王、???)「イルボンクグァン」(日本国王、????)と、「皇帝」よりも格下の「国王」の称号で呼ぶことが多い。最近には「天皇」という呼称をペルシアのシャーやトルコのスルタンのように日本で君主を称する固有名詞のように捉える動きもあり、一部マスコミで「天皇」を使用したこともあったが、現在ではまた元の状態に戻っている。

2009年04月18日

治水計画

治水の目的は、人間の生命・財産・生活を水害から守ることであり、この治水目的を達成するために立案されるのが治水計画である。治水計画は次のような段階を踏んで策定されていく。

計画の基準
まず、対応すべき水害の外力規模を決定する。水害の規模に際限はなく、すべての水害を防御することは不可能なので、どの規模の水害に対応するかが最初の重要なポイントとなる。外力規模の決定にあたっては、防御すべき地域の重要性、その地域での水害発生頻度、河川の重要度などが考慮される。

歴史的には、最初既往最大水位(過去最も高かった水位)が治水計画の基準とされていたが、次いで既往最大流量(過去最も多かったと推定される流量)が採用されると、こんにち治水計画上重要とされている計画高水流量の概念が生まれた。

その後、より理論的な基準として年超過確率が採用され始めた。これは、観測された水位・流量・降水量の最大値を統計的に処理し、ある値(洪水となるか否かの分岐点となると考えられる値)を超える確率を算出するものであり、例えば年超過確率が1/10であれば、ある水位・流量・降水量を超える確率が10年に1回と想定されていることを表している。年超過確率をさらに発展させたのが年超過降雨確率の考え方であり、洪水を引き起こす規模の降雨の発生確率を統計的に求めたもので、年超過確率よりも普遍性が高いとされている。この年超過降雨確率に基づいて、基本高水流量が導入されるようになった。そして、これらを元にした洪水確率の概念が、現代の治水計画の基礎となっている。

計画の策定
治水計画はおおまかに次のような手順で策定されていく。

治水計画の策定はまず、計画基準点を選定することから始まる。選定に当たっては、防御の対象となるべき地域や主要な水理観測地点などが考慮される。
次いで、治水計画の規模を決定する。すなわち、年超過確率を元にして洪水確率=N年に1度洪水が発生するか、を算出した上で、その河川の重要度、防御すべき地域の重要度、過去の水害状況、他河川との均衡などを勘案して、どの規模の治水計画を策定するか決定する。#治水対策の3方針で前述したとおり、世界の大河川では500年から数千年・1万年に1度規模の治水計画が策定されており、その多くが計画目標を達成している。一方、洪水の発生しやすい日本では、治水計画の規模は数十年に1度レベルであることが多く、計画目標の達成率は60%前後にとどまっている。

次に計画降雨を決定する。これは、計画策定の元となる計画降雨量と計画ハイエトグラフ群を設定するものである。方法としては、実際の降雨量などを統計的に処理し、どの規模の降雨がどの頻度で発生するかをモデル化する。その上で、例えば1/50(50年に1度)規模の降雨に耐えうる治水計画を立てようと考えた場合を仮定すると、降雨モデルから1/50規模の降雨量とハイエトグラフ(単位時間当たりの降雨量をグラフ化したもの)を算定し、それによって導出されるのが計画降雨量と計画ハイエトグラフ群である。計画降雨はこのように求められる。

その次に、計画高水を決定する。これは、計画降雨があったと仮定した場合の計画高水を算出し、決定するものである。計画高水は、計画ハイドログラフと計画ピーク流量により表される。ハイドログラフとはある基準点における洪水流量を時間軸でグラフ化したもので、複数の基準点のハイドログラフを用いると、時間経過ごとの洪水流量の推移を見ることができる。また、ハイドログラフ上で示される最大流量がピーク流量である。計画ハイドログラフと計画ピーク流量は、モデル化された計画降雨を元に行われる洪水流出解析によって導出される。こうして計画高水が決定される。

計画高水が決定すれば、その流量について、どのような方法でどれだけの量を洪水調整するかが検討される。具体的な洪水調整の方法としては、ダム・遊水池・調整地の建設や氾濫原の復元などがあるが、各施設の位置・容量を設定し、洪水流出解析モデルに組み込ませた上で洪水調整量が算定される。

計画高水から洪水調整量を除いた流量が、治水計画上、河道に配分された洪水流量となる。既存の河道で洪水流量を十分流下させうる場合は問題ないが、十分な流量処理ができない場合は放水路を建設する必要が生じる。計画高水流量は次の式で決定される。

計画高水流量 = 計画高水(計画ピーク流量) - 洪水調節量 - 放水路流量
この式のほか、合理式と呼ばれる式もある。合理式は、流域面積が小さく、洪水調整施設(ダム等)もない河川の計画高水流量を決定する際に適用されることが多い。

計画高水流量に基づいて計画高水水位が決定される。これは、治水計画上の河川の洪水時水位である。一般に河川堤防の高さは計画高水水位よりも高く(約2.5m - 3m)設定されている。

治水計画は、以上の各過程が段階的に積み重ねられ、必要に応じて前段階に戻って再検討が加えられるなどのフィードバックも経ながら策定される。また、上流から下流まで水系を一貫した治水計画であることも重要である。日本のように洪水流に多量の土砂が含まれる地域では、上流域における砂防対策をも治水計画の視野に入れる必要がある。

1980年代・1990年代頃から、治水計画策定を支援することを目的として、流域内の水理・水文を視覚的に表すモデルが研究され、発展を遂げてきた。中でも、デンマーク水理研究所(DHI)が開発したMIKEシリーズというモデル群は、そのインターフェイスの簡明性と易操作性から世界各地で広く採用され、世界標準となりつつある。

治水構造物・事業の主要例
#治水対策の3方針で上述したように、治水対策は構造物の建設(治水容量の増大)のみならず、被害ポテンシャルの軽減も不可欠である。以下、治水対策として実施される主な構造物・事業を概観するが、以下に示すものだけが治水対策の全てでないことに注意しておく必要がある。
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河川改修
河川改修は広い意味範囲を持つ用語である。堤防の建設などのほか、河床に堆積した土砂を除去することや河道の拡張も河川改修に含まれる。河川改修は必ず下流から上流に向かって実施される。上流部の流下能力が下流部のそれを上回ると、河川全域で洪水が発生する危険性が増すからである。
ダム
ダムは、洪水調節を行う上で非常に効果的な構造物である。ダムに貯水しうる流量(容量)は大きいので、多量の洪水調節量を負担させることができる。建設にかかる経済的・時間的コストがかなり大きいこと、ダム下流の水量が低下すること、自然環境へ与える影響が小さくないこと、などの問題点も抱えている
堤防
河川の流水が人間の生活・活動範囲へ流出するのを最前線で防御しているのが堤防である。堤防も、洪水流による越水や洗掘で破壊されたり、堤防地下を流れる浸透流によって漏水破壊されることがしばしばある。堤防の破壊を防ぐため、堤防護岸・裏法面の補強のほか、水制を設けて洪水流による堤防浸食を防止したり、大河川では数百メートルの幅を持ち洪水時にも破堤することのない高規格堤防(スーパー堤防)を築くなどの方策がとられている。詳細は堤防を参照。
放水路
既存の河道では、氾濫を起こさずに洪水流を流下させることが困難・不可能な場合、放水路が設置されることとなる。放水路は洪水流のバイパスと呼ぶべきもので、一般的には、広い河床を持つ直線的な流路として建設される。詳細は放水路を参照。
捷水路(しょうすいろ)
河川の屈曲部では河水が円滑に流下せず滞留しがちとなり、洪水の一因となることがある。屈曲部を短絡し、なるべく直線的に設けられた新河道を捷水路という。捷水路は、河道の流下能力を増加させる機能を持つ。

遊水池
遊水池の持つ機能は、ダムと同じく洪水調整量を負担することである。多くの場合、遊水池に面する河川堤防は他より低く建設され、洪水時には堤防を越えた河水が遊水池に流入する。下流の洪水流が十分流下しきった時点で、遊水池に貯留した河水が河川に戻されることとなる。遊水池の中には、平時は水田や公園等として使用されるが、洪水時には遊水池となるよう設定されたものもある。これを特に遊水地と呼ぶこともある。詳細は遊水池を参照。
氾濫原の復元
かつて氾濫原だったが、農地や住宅地などとして人間生活・活動に使用されている土地を再び氾濫原へ復元する事業は、主にヨーロッパ・アメリカ合衆国で盛んに実施されている。氾濫原は、ダムや遊水池と同様に洪水流を収容する能力を持っている。また氾濫原は、豊かな自然環境を保つことのできる場所でもあり、環境保全の観点から見ても、氾濫原の復元は望ましいことと言える。沖積平野の多い東アジアでは、氾濫原の復元を行うことは様々な自然条件的な困難を伴うため、あまり導入は進んでいない。
砂防・治山
治水を効果的に進めていくには、河川の上流域における土砂の動きを適切に管理する必要がある。主に土砂災害を防ぐために行われるのが砂防事業であり、森林保全を通じて土砂管理しようとするのが治山事業である。治水・砂防・治山は相互に影響を及ぼし合うので、互いに密接な連携を持ちながら遂行されていかなければならない。詳細は砂防、治山を参照。
水防
住民が自主的に洪水被害を軽減するために行う活動を水防という。具体的には、洪水警報が発令されたときに地域へ呼びかける、破堤しそうな箇所がないか警戒にあたる、破堤しそうな箇所があれば水防工法を用いて応急処置を行う、などの活動を実施する。水害を防ぐ上で非常に重要な活動であるが、例えば日本では、住民意識の変化に伴い行政を頼る傾向が強くなり、自ら守ることに立脚する水防意識が次第に弱まっていることが治水研究者などから指摘されている。
治水地図
治水を目的とした地図には、治水地形分類図やハザードマップなどがある。治水地形分類図は、日本において1976年 - 1978年に治水対策を進める上の基礎資料として作成された。ハザードマップは、水害時の被害予想をわかりやすく図示した災害地図をいう。被害ポテンシャルを軽減する効果が高い。住民への情報周知とあわせて、住民の水防意識を高める上で有効な手段である。詳細は治水地形分類図、ハザードマップを参照。この他、治水大国といえる日本では、近世期に作成された治水図と呼ばれる歴史的な地図が多数作られている。
洪水保険
洪水による人命・財産のリスクを軽減させる方策の一つが洪水保険である。洪水保険が特に発達しているのがアメリカ合衆国で、連邦政府が運営する全米洪水保険制度が存在している。アメリカを含め、各国で民間の洪水保険があるが、掛け金が著しく高額なため加入率は低率にとどまっている。

治水と河川環境

河川環境に配慮した治水対策
治水対策の中でも特に構造物対策は、河川環境に与える影響が大きい。20世紀に進められてきた治水対策は河川構造物の建設を主体としており、河川形状の画一化・無生物的な護岸の盛行などによって、河川における生態系の喪失・劣化が生じた。1960年代後期の西ドイツ・スイスなどで、生態系の維持に配慮した河川づくりの運動が興り、1970年代には、実際に西ドイツ・スイス・オーストリアでいわゆる近自然的な河川づくりが実施され始めた。ヨーロッパの自然条件の下では近自然的河川づくりと治水対策とを整合的に実施することが可能であり、かつての氾濫原で後に農地や住宅地として開発された地域を再び氾濫原に戻す事業が多く行われた。

こうした河川思想はアメリカやアジア各国へも波及し、例えば日本では、近自然的河川づくりを日本的に咀嚼した多自然型河川づくりが河川事業の中心に置かれるようになり、その他、中国では長江流域単位で河川の自然再生事業が行われたり、韓国では都市高速道路と河川の蓋を撤去して河川生態系の再生を図るソウルの清渓川事業などの取り組みが行われている。

2009年04月04日

塵手水

塵手水(ちりちょうず)は、大相撲の作法のひとつ。蹲踞の姿勢で拍手を打ち、両手を広げた後、掌をかえすもの。「手水(ちょうず)を切る」とも言う。

取組前、互いに手に何も隠し持っていないこと(=寸鉄帯びず)を確認しあったことが、その起源とされている。やがて興行としての勧進相撲が成立するにしたがって、作法として現在のような形に定まった。

なお、土俵入りを行う横綱力士が四股を踏む時、拍手を打って手をのばすのは、これは単に反動の動作であるのだが、これを塵手水と混同して、掌を返すしぐさを行う横綱も多い。昭和後期ごろから始まった誤解とされる。

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2009年03月20日

承徳避暑山荘と外八廟

承徳避暑山荘と外八廟(しょうとくひしょさんそうとがいはちびょう)は中国、河北省、承徳市にある離宮。1994年にはユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録された。
避暑山荘は清の皇帝がかつての首都である奉天(瀋陽)へ行き来する際、立ち寄る場所として87年間にわたり整備された離宮である。この離宮の整備にあたっては蘇州の寒山寺などがモチーフにされている。その周りには寺廟が周りを取り巻いている。これを外八廟という。外八廟にはポタラ宮をモデルにして建造された普陀宗乗之廟(ふだしゅうじょうしびょう)があり、外八廟はチベット様式と中国の様式を折衷した代表的様式として知られる。


登録基準 [編集]
この世界遺産は世界遺産登録基準における以下の基準を満たしたと見なされ、登録がなされた。

(ii) ある期間を通じて、または、ある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、町並み計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。
(iv) 人類の歴史上重要な時代を例証する、ある形式の建造物、建築物群、技術の集積、または景観の顕著な例。
ジゴロ ちなアク スローモー ハネウェル トップ ション ウオッチ シンシ 検索ノブ セザンヌ ビーボーイ カーペット フォルダー ランサス ブラウィン ほしゃWE はないずみ セイレー ノンカロ もののふ リターン チロキシ メークイン ワイルド 検索丸玉 オーバー シップブ じゃんけん フュー サブレ とくとう ジャカ ミドル タッチ ガイド レバレ ハイテン メーンス ミヤマキ ごゆう カンマキ ヘーベ ナリー リステ オハイオ シンテニー ミント ダンヒ ピント スクワット

登録された物件 [編集]
避暑山荘
外八廟
溥仁寺
溥善寺
普楽寺
安遠廟
普寧寺
普祐寺
広縁寺
須弥山福寿之廟
普陀宗乗之廟
広安寺
羅漢寺
殊像寺

2009年03月05日

ハギス(Haggis)

ハギス(Haggis)とは、羊の内臓を羊の胃袋に詰めて茹でたスコットランドの伝統料理。

茹でたヒツジの内臓(心臓、肝臓、肺)のミンチ、オート麦、たまねぎ、ハーブを刻み、牛脂とともに羊の胃袋に詰めて茹るか蒸したプディング(詰め物料理)の一種。さまざまなバリエーションが存在するが、内臓としては主として肝臓が使われ、心臓や腎臓を使う場合も多い。胡椒などの香辛料を使うことが近年、一般的となっている。

こってりしており、スコッチ・ウイスキーとともに供せられる。ウィスキーを振りかけて食べることも多い。1月25日の「バーンズ・ナイト(Burns's Night)スコットランドの詩人、ロバート・バーンズの誕生日)ではバグパイパーに率いられた一団によりハギスとウィスキーがもたらされ、バーンズの作詩した『ハギスに捧げる詩』(Address to a Haggis)を歌い上げる儀式を執り行い、伝統的なメインディッシュとして供される。
バイオ ハノイ サイト宇宙 セット リーテール たましぎ みたか ニューロ れっど ファンタ アカシデ ひびき ちゅう フォルテ ターミ アイテム セルラ ハイブリ バロッ ファザ 紫キャベツ ライフ ナビキュー 仲よし ネリネ ピープ モデル 龍馬太鼓 きんさ ダウン スリル シームレス スピーチ ドクゼ オフィス ナビデモ スルー シアトル マツム ルーム リアクター デイキ ロースラ モトロ オブジ サンタ マキシ リボソーム デパチ クンミン

スコットランドでは一般的な食べ物で、肉屋で入手が可能。近年では動物の胃袋の代わりにビニールで包んだ商品や、缶詰などもあり、ベジタリアン用の野菜で作られたハギスも存在する。

但しハギスに限らず、動物の臓物料理は古今東西を問わず各民族において一般的であり、好悪は調理法・味付け(スパイスワーク)によるものであることが多い。
スコットランドで古来より存在が信じられている伝説の生物。ハイランド地方の山中に密かに生息し、満月の夜に心の清らかな者だけが目撃できるという言い伝えがある。さまざまな姿で表現されており、くちばしを持ち全身が毛で覆われて丸っこいカモノハシのような姿であったり、長い3本足ですばやく動き回ったりなど様々である。前項の肉料理は見た目があまり良くないことから、この伝説の動物の肉を使っているのだという冗談の種にもされる。毎年末には「ハギスハント(Haggis Hunt)」という捜索イベントが開催されている。

政治としてのハギス
フランスのシラク大統領は、2005年ロシアのウラジミール・プーチン大統領とドイツのゲアハルト・シュレーダー首相との会談の中で、イギリス料理を揶揄し、その例としてハギスに言及した。(「ひどい料理を食べるような連中は信用がならないということだ。」)イギリスの通俗新聞は、これに猛反発。しかし、イギリスの外務大臣ジャック・ストローは、「ハギスに関してなら、シラク大統領のご説はご尤も」と賛意を示した。アメリカの大統領ジョージ.W.ブッシュは、2005年のエディンバラでのG8の会合にハギス料理が出されることに懸念を示した。

2009年02月13日

Clover Heart's

南雲 白兎(なぐも はくと)(声:一色ヒカル)
白兎編主人公。夷月とは双子(兄)。
夷月とは双子の兄であるが夷月からは過去の事件がきっかけで絶縁状態。
雄基、凛とは幼馴染みで現在も友人続行中。成績は中ぐらいで、趣味はゲームをする事。
女顔である事にコンプレックスを抱いている、そのことをよく凛にからかわれている様である。
自分の家が嫌いで、学校に居場所を求めていたが、玲亜との出会いで次第に変わってゆく…。
南雲 夷月(なぐも いつき)(声:如月葵)
夷月編主人公。白兎とは双子(弟)。
白兎の弟に当たるが過去の事件から白兎を毛嫌いしている。家には寄り付かずに繁華街やゲーセンをうろつき夜遊びをする事が多い。
白兎と同じく顔にコンプレックスを抱いており、女顔を馬鹿にされるとキレる。
喧嘩が非常に強く、複数人を相手にしても勝ってしまう程。スタイルは少林寺拳法をアレンジしたもの。
円華とは恋人同士という契約を結んでおり、よく行動を共にしている。
入学当初から成績は学年1位を維持している秀才でもある。
他人を寄せ付けず、一人で居る事を望んでいるが、莉織との出会いで変わる事になる。
御子柴 玲亜(みこしば れあ)(声:文月かな)
白兎編メインヒロイン。ロシアからの帰国子女。莉織とは双子(妹)。
莉織の妹で明るい性格。莉織との違いは、リボンの色(赤)と八重歯。性格は良く言えば元気、活発。悪く言えば馬鹿っぽいがそこが魅力だろう。
言動や行動に幼い所が残っており、たびたび白兎を困らせるのだが日本の環境に慣れ始めると、今度は白兎を異性として意識する様になる。
性格に反して成績はかなり良く、テストも「クイズみたいで楽しい」と毎回余裕の様子。テスト前は白兎の家庭教師役。
趣味特技はパン、お菓子など焼き物作り。漫画も好きな様である。
御子柴 莉織(みこしば りお)(声:楠鈴音)
夷月編メインヒロイン。ロシアからの帰国子女。玲亜とは双子(姉)。
玲亜の姉、青いリボンにアンテナの様な髪が特徴的である。玲亜を非常に可愛がっており、普段はおとなしい落ち着いた性格だが玲亜の事となると別人の様に怒り出す。
成績は夷月を越して1位になってしまう程優秀。走っていても息が切れずに喋れると言う特技(?)がある。
人と接する事を拒む夷月の事をどうにかしたいと思い行動するのだが…。
趣味特技は料理全般、フルートの演奏、読書。
酒を飲むと性格が反転してしまう為、タブーとされている。
駒宮 ちまり(こまみや ちまり)(声:金田まひる)
白兎編サブヒロイン。白兎・夷月達の幼馴染。
白兎・凛・雄基とは幼馴染み、夷月とも面識はあるようだ。
白兎の事が好きで、白兎も意識していた様だが幼い頃に転校してしまう。しかし進学を機に戻って来る。
バス ブラックタ アセアン 水辺の旅 ルコギ プルメリア リッチシ チョック タンク スクーター ナベル ジャポニ ドラル 朝ごはん はばね 忍耐最適 ファイリン バキュー ソネット ローマ わこう オート パナ フェレット ハイム 虹のパノ スケジュ ユーカリ オパール オリジ キャラバン ハット テロロ ケーオー オフセ ちぎれ雲 レース なかせん 相合傘人 テーブル リスク ビップ イースト ミルク オーライ トラン スネーク ネグレクト オート キネシ

玲亜とは白兎を取り合うライバル関係。
特技は料理。
榊 円華(さかき まどか)(声:YUKI)
夷月編サブヒロイン。
夷月とは、賢治から護ってもらい恋人同士のように振る舞うという「契約」を結んでいる。夷月達よりもひとつ年上の先輩で、学内でも有名な美人。
莉織とは度々対立するが…。
榊 賢治(さかき けんじ)(声:間寺司)
円華の弟。極度のシスターコンプレックス。
円華を「姉」としてではなく「女」として求めてしまう。夷月の事を敵視しており、どうにかしようと手を尽くしてくる。
葉山 雄基(はやま ゆうき)(声:大久保けんたろう)
白兎・夷月達の幼馴染。
白兎とは良き親友であるが、夷月とはライバルの様な関係にある。
好色な所が多いがオープンな性格の為、女子の受けは悪くないようだ。実家が寿司屋のためか江戸っ子気質で口調もそれに順ずる。
成績は下の方らしく、テスト前にはいつも苦戦している。
ちまりに片思いをしており、ちまりが戻って来てからは遅刻気味だった生活を改善して白兎やちまり達との登校に加わるなどの行動が見られる。
飛鳥 凛(あすか りん)(声:青山ゆかり)
白兎・夷月達の幼馴染。
見た目に反して性格はセクハラオヤジそのもの、白兎や玲亜にはよくちょっかいを出している。
夷月に接している数少ない人物でもある。莉織には恋愛感情に近い物を抱いてる様子。
経験豊富と思われるが単に耳年増なだけであり、その事を夷月に見破られてしまうエピソードもある。
成績はかなり良いようだ。ゲーム序盤の付属校の最終学年時代ではクラス委員長を勤めている。
玲亜・莉織からの愛称は「あすりん」(命名・玲亜)
乃木坂 久遠(のぎさか くおん)(声:乃田あす実)
玲亜・莉織のメイドであり、姉・母親的存在。
メイドと言うよりは白兎・夷月も含めた4人の母親役と言った方が当てはまる。
重火器を操り、夷月も簡単に倒してしまう程の体術を持っている辺りからただのメイドでは無い事が分かる。
白兎・夷月の父親とも関係があるようだが…。
ロベルト=イチモンジ(声:中澤歩)
南雲家の執事。
「執事」と言う立場から白兎・夷月とは一線を置いた立場で接している。
はっきりとは語られていないが本編の中では「シャッターダッシュ」等の用語を出している所、また年末の数日(コミックマーケットの時期)に休みを取ることから同人誌が好きな様だ。
南雲家の執事なだけあり、白兎・夷月の父親とも深いつながりがある様だ。
西園寺(さいおんじ)先生(声:一条和矢)
白兎・夷月達のクラスの付属校最終学年での担任。
初期は担任を務めるが、メンバーが本校に移ってからは化学の教科担任としてのみ登場する。
どちらかと言うと夷月編の登場人物、夷月に背後から抱きついたり目隠しをしたり…と言った登場をする事が多い。
接尾語が「?しょうよ」「だわ」と言った女口調だが、女子生徒には人気があるようだ。
桃瀬 愛理(ももせ あいり)(声:成瀬未亜)
PS2版追加キャラクター。
白兎・夷月編の両方に登場、どちらのルートで出会ったかによって登場、性格などは異なる。
攻略対象と言うよりは愛理を中心に主人公とヒロインが成長すると言う展開になっている。

2009年01月27日

航空電子機器(アビオニクス)も新技術

航空電子機器(アビオニクス)も新技術を用いて改修がされており、最も特徴的なのはレーダーを三菱電機が開発したJ/APG-1・AESA(アクティブ式電子走査アレイ)レーダー(Xバンド)へ換装した点である。AESAレーダーの装備は、量産機ではF-2が世界初となる(非アクティブ式であればMiG-31戦闘機の「ザスロン」レーダーで実用化済み)。なお、このレーダーの搭載に合わせレドームが大型化され、エア・インテークにも手が加えられている。飛行制御にはF-16同様フライ・バイ・ワイヤー(FBW)を用いるが、飛行制御コンピューターのソースコードをアメリカ側が日本側に提供しなかったため、日本で独自のものを開発・使用している。なお、FSX計画には運動性能力向上技術(CCV)も盛り込まれており、そのため、開発当初は胴体下面にカナード翼を搭載する予定であり、カナード翼による機動データを収集するためにT-2 CCV研究機が作られた。しかし、カナード翼装備による重量・空気抵抗の増加や整備性の低下といったデメリットを考慮した結果、カナード翼の装備は見送られた。なお、CCV機能については、飛行制御コンピューターのプログラムを工夫することでカナード翼装備時と同等の機動が行えるようにした。また、日本の技術も取り入れた統合電子戦システム(IEWS)も装備している。これはレーダー警戒装置(RWR)等による脅威識別・警戒機能とECM/チャフ/フレア等の脅威対抗機能を統合制御することで効率的な電子戦を行えるようにするというもの。F-2Bではこのシステムが簡略化されているため、F-2Aとは機外ECMアンテナ等の配置に違いが見られる。

コクピットは表示装置が改良されており、液晶ディスプレイを用いた多機能表示装置(MFDS)が3基配置されている。また操縦には「HOTAS」概念が採用されたサイドスティック式操縦桿を採用している。現代戦闘機の主流であるHOTAS概念の導入により、操縦桿とスロットルレバーから手を離さずに各種操作が可能になった一方、パイロットには手先の器用さと複雑なスイッチ類の操作パターンの習得が要求される。

なお、F-16同様に本機はフライ・バイ・ワイヤーを採用しており、操縦桿に加わった圧力を電気信号化することで操舵を行う。そのため、本機の操縦桿はF-16同様、最大でも数mmしか動かない。これにより、従来型の操縦桿を持つ機体から機種転換を行う場合、操縦桿の扱いに慣れが必要という。また、風防は低空飛行時のバードストライク(鳥の激突)への対策として強化されている。コクピットからの良好な視界を確保している点はF-16の持つ優れた特徴の一つであるが、F-2においてもこの特徴は引き継がれている。

塗装は、量産機では「洋上迷彩」が施されている。これは同じ航空自衛隊のF-15J/DJや米軍のF-16で採用されている灰色の濃淡を参考とし、機体上面と側面には青の濃淡の迷彩を施し、機体下面には空と交じり合う明るい青一色という配色を施す迷彩パターンである[8]。

洋上迷彩は、地上でこそ大変目立つ色合いであるが、洋上では大変識別しにくいため、支援戦闘機の主任務である対艦攻撃の際にはかなりの効果を挙げると考えられている。日本以外の国では必要性が薄いことから非常に珍しい塗装でもある。量産機に対して試作型4機(XF-2A/B各2機ずつ)には、それぞれ1機ずつ異なるカラーリングの塗装を施されている。

XF-2の1号機が白地をベースに赤、2号機(#502)が白地をベースに青と橙、3号機(#101)は色は白地をベースに赤と青だが、スピン試験用機であるために機体の上下左右でそれぞれ異なる配色とされ、4号機(#102)は上面が青(ただし洋上迷彩の青とは異なる)・下面が白となっており、いずれの機体も量産機に対して明るく鋭敏な印象を与えるカラーリングとなっている。

愛称
航空自衛隊においては1970年代以降、航空機に正式な愛称をつける習慣を持っておらず、F-2は単に「エフに」や「エフツー」と呼ばれる。しかし非公式に「バイパーゼロ(VIPER ZERO)」と呼ばれることがある。「バイパー」はF-2のベースとなったF-16の非公式の愛称で、「ゼロ」は量産機が納入された西暦2000年から取った「ゼロ」(自衛隊装備品の制式名は制式化年の下2桁を取って「○○式?」である[9])と、最も有名な日本製戦闘機である零戦の「ゼロ」とを掛けたものだと言われている。ここから航空雑誌等ではF-2を指して「平成の零戦」といった呼び方もされることがある。また機体愛称では無いが、F-2を操縦するパイロットを指して「F-2 CHARMER(チャーマー)」あるいは単に「チャーマー」と呼ぶことがある。

仕様
乗員: 1名(F-2A) / 2名(F-2B)
全長: 15.52m
全幅: 11.13m(両主翼端ランチャー含む)/10.80m(含まず)
全高: 4.96m
主翼面積: 34.84m?
空虚重量: 9,527kg
機内燃料容量: 4,750L
最大離陸重量: 22,100kg
トゥー リアル ハイティ コンドー ひろこんは ィヨルド むげ カナダドル うらら カッコ ハック モンテレイ オープ よなぐす ホルトノ スープ うとぐ ばくごう ジュア マズル サイエン 黄かぶ レーティ ユースケ ミズーリ すわ最適 ファミ アーカン 白いページ スカラップ ジャン イカリモン シルバ アウディ シャトー ラッキー ワック はます 探偵物語 ドーラン 一粒万倍 けんこう メッセ りあん ノーム フラップ ハンム セルロ チャプター 天安日本

最大兵装類機外搭載量: 8,085kg
エンジン: IHI/GE F110-IHI-129ターボファンエンジン ×1
出力: アフターバーナー使用時131.23kN(13,381kgf)/非使用時75.62kN(7,711kgf)
最大速度: M2.0
戦闘行動半径(対艦攻撃時): 450nm
航続距離: 約4,000km(フェリー時)
固定武装
JM61A1「バルカン」20mm機関砲×1:装弾数512発
運用可能な兵装
短射程空対空ミサイル
AIM-9L
90式空対空誘導弾 (AAM-3)
中射程空対空ミサイル
AIM-7F/M
空対艦ミサイル
80式空対艦誘導弾(ASM-1):アクティブ・レーダー誘導方式
93式空対艦誘導弾(ASM-2):画像赤外線誘導方式
爆弾
Mk.82 500lb通常爆弾:無誘導
91式爆弾用誘導装置(GCS-1)装備型Mk.82 500lb誘導爆弾:赤外線誘導方式
CBU-87/B クラスター爆弾:無誘導
JDAM 500lb誘導爆弾:GPS及び慣性誘導方式
その他
J/LAU-3ロケット弾ポッド:70mmロケット弾19発搭載
RL-4ロケット弾ポッド:127mmロケット弾4発搭載
300ガロン(1136L)増槽:胴体下兵装ステーション用
600ガロン(2271L)増槽:主翼下兵装ステーション用
兵装の運用形態
F-2には13ヵ所の搭載ステーションがあり任務に応じてさまざまな形態を執ることができる。以下に代表的な例を挙げる。
航空阻止(INT,BAI)時
洋上の主要目標に対して直接攻撃を加える際の形態。周囲を海洋に囲まれ広い領海を持つ日本においては、特に洋上の敵艦船を攻撃する対艦戦闘の意味合いが強い。また、航空阻止は本機の主任務である。
空対艦ミサイル×4、もしくはGCS-1×4
短射程空対空ミサイル×2
600ガロン増槽×2
近接航空支援(CAS)時
友軍の脅威となる敵地上戦力等へ航空攻撃を実施、友軍地上部隊等の作戦を支援する際の形態。
Mk.82通常爆弾×12、もしくはクラスター爆弾又はJDAM(500lb)×4
短射程空対空ミサイル×2
300ガロン増槽×1
要撃(Intercept)もしくは戦闘空中哨戒(CAP)時
中射程空対空ミサイル×4
短射程空対空ミサイル×4
300ガロン増槽×1
警戒待機(Alert)時
本機の運用に際しては対艦及び対地攻撃任務に重点が置かれるものであるが、警戒待機任務に就いているなど、支援任務一辺倒ではない運用がなされている。
短射程空対空ミサイル×2
300ガロン増槽×1
趨勢と展望
上記兵装の他、後述するAAM-4、AAM-5等の高機能空対空兵装の運用能力獲得が予定されている。 また、本機へ搭載可能な次世代兵装、或いはアビオニクスの高機能化などの研究が進められており、日本の中長期的防衛戦略をその背景として、将来にわたり段階的な機能向上が図られていく模様。

近年においては、顕在化する不安定要因(朝鮮半島情勢、或いは西太平洋地域における中国の軍事的プレゼンスの増大)から、日本の専守防衛戦略はその一部見直しを迫られているところである。これは専守防衛の考え方が、渡洋侵攻を伴わない、つまり弾道ミサイルや巡航ミサイルなどによるスタンドオフ攻撃に対し、基本的にはこれら事態に対する反撃を許されないという、防衛戦略的に大変危険な側面を持つためであるが(詳しくは「専守防衛」項を参照されたい)、こうした近隣国の動向等に伴って発生してきた新たな問題に対し、防衛省においては防衛庁の時代から様々な研究や議論を進めてきており、近年では敵の策源地や攻撃基地に対する航空攻撃作戦の実施について、これらは専守防衛の理念から逸脱しないとし、かかる攻撃能力や手段の保有も視野に入れ、20世紀末より様々な研究が開始・計画されているところである。
一方で、2000年代の米空軍の再編計画等に絡み、三沢基地に駐留するワイルドウィーズル部隊が再三にわたり国外への移転を行いたい意向を示しているとされ、このことも、日本が独自の反撃能力獲得を模索しなければならない理由の一つと思われる。
こうした動きの中、本格的な攻撃機や敵防空網制圧の手段を保有しない自衛隊にあって、長い航続距離と大きな兵装搭載量を持つF-2がその反撃戦術の中核を担うことになるのはほぼ確実であり、防衛省技術研究本部による、かかる任務に必要とされる武器システム等の研究を通じ、近い将来にわたり段階的に、本機の機能向上または本来任務の範囲拡大が図られていく見通しである。

次世代兵装と武器システム
F-2は迎撃任務を主任務としない支援戦闘機ではあるものの、増大し続ける脅威や日本独特の防衛環境に起因する現実的要請から、開発終了後にあってマルチロールファイター(多用途戦闘攻撃機)としての高い能力を求められているものである。というのも、本機の配備開始時点で既に米国やロシアはAIM-120やR-77などといったアクティブレーダー誘導方式の中射程空対空誘導弾を開発・戦力化しており、この世界的趨勢に対しF-2も同種の誘導弾を運用可能とし、空対空戦闘における優れた機能を獲得し、ひいては他国空軍戦力に対する航空自衛隊能力の陳腐化を防止するための研究が進行中である。

特に技術研究本部(技本、TRDI)技術開発官(航空機担当)第4開発室が実施している「アクティブ・電波・ホーミング・ミサイル搭載に関する研究」では、国産中射程空対空誘導弾AAM-4(99式空対空誘導弾)をF-2に搭載し、また発射母機としてAAM-4の性能を満足に発揮しうる為の研究を行い、平成20年(2008年)度に完了予定である。2009年度に試験を行い2010年度から搭載改修予定。改修作業はIRAN(定期点検修理)時に実施し、専用の指令送信装置(J/ARG-1)などの必用コンポーネンツが追加される。この作業を経てF-2はAAM-4発射能力を付与される。これは前述したAIM-120の既存モデルやR-77等といったミサイルと比較して優れた射程距離、追尾・撃破性能、ECCM性能を持つとされる。巡航ミサイルへの高水準な対処能力も持つとされる同兵装を運用可能とすることで、F-2は他国の第4.5世代戦闘機と同等か、より以上の対空攻撃機能を獲得するに至るとされる。

また、本来任務である対地攻撃能力も向上しており、さらに将来の能力向上のための研究も進んでいる。調達年度によって製品の仕様に多少の相違がみられるが、後年調達機では総じて、進歩する搭載装備品に合わせた機能強化が行われている。平成16年(2004年)度発注の機体からは、統合直接攻撃弾薬(JDAM:GPS誘導爆弾)搭載能力が、平成17年(2005年)度発注機からは、「外装型赤外線前方監視装置 J/AAQ-2」の搭載能力が付与されている。

他にF-2に関連して研究が進行中の計画としては、自衛隊デジタル戦闘システム(JDCS(F))の搭載 、次世代対艦ミサイルのための各要素研究、敵性電波識別及び対放射源攻撃システム(3次元高精度方探システム)、FCSレーダーの高機能化が挙げられる。