治水の目的は、人間の生命・財産・生活を水害から守ることであり、この治水目的を達成するために立案されるのが治水計画である。治水計画は次のような段階を踏んで策定されていく。
計画の基準
まず、対応すべき水害の外力規模を決定する。水害の規模に際限はなく、すべての水害を防御することは不可能なので、どの規模の水害に対応するかが最初の重要なポイントとなる。外力規模の決定にあたっては、防御すべき地域の重要性、その地域での水害発生頻度、河川の重要度などが考慮される。
歴史的には、最初既往最大水位(過去最も高かった水位)が治水計画の基準とされていたが、次いで既往最大流量(過去最も多かったと推定される流量)が採用されると、こんにち治水計画上重要とされている計画高水流量の概念が生まれた。
その後、より理論的な基準として年超過確率が採用され始めた。これは、観測された水位・流量・降水量の最大値を統計的に処理し、ある値(洪水となるか否かの分岐点となると考えられる値)を超える確率を算出するものであり、例えば年超過確率が1/10であれば、ある水位・流量・降水量を超える確率が10年に1回と想定されていることを表している。年超過確率をさらに発展させたのが年超過降雨確率の考え方であり、洪水を引き起こす規模の降雨の発生確率を統計的に求めたもので、年超過確率よりも普遍性が高いとされている。この年超過降雨確率に基づいて、基本高水流量が導入されるようになった。そして、これらを元にした洪水確率の概念が、現代の治水計画の基礎となっている。
計画の策定
治水計画はおおまかに次のような手順で策定されていく。
治水計画の策定はまず、計画基準点を選定することから始まる。選定に当たっては、防御の対象となるべき地域や主要な水理観測地点などが考慮される。
次いで、治水計画の規模を決定する。すなわち、年超過確率を元にして洪水確率=N年に1度洪水が発生するか、を算出した上で、その河川の重要度、防御すべき地域の重要度、過去の水害状況、他河川との均衡などを勘案して、どの規模の治水計画を策定するか決定する。#治水対策の3方針で前述したとおり、世界の大河川では500年から数千年・1万年に1度規模の治水計画が策定されており、その多くが計画目標を達成している。一方、洪水の発生しやすい日本では、治水計画の規模は数十年に1度レベルであることが多く、計画目標の達成率は60%前後にとどまっている。
次に計画降雨を決定する。これは、計画策定の元となる計画降雨量と計画ハイエトグラフ群を設定するものである。方法としては、実際の降雨量などを統計的に処理し、どの規模の降雨がどの頻度で発生するかをモデル化する。その上で、例えば1/50(50年に1度)規模の降雨に耐えうる治水計画を立てようと考えた場合を仮定すると、降雨モデルから1/50規模の降雨量とハイエトグラフ(単位時間当たりの降雨量をグラフ化したもの)を算定し、それによって導出されるのが計画降雨量と計画ハイエトグラフ群である。計画降雨はこのように求められる。
その次に、計画高水を決定する。これは、計画降雨があったと仮定した場合の計画高水を算出し、決定するものである。計画高水は、計画ハイドログラフと計画ピーク流量により表される。ハイドログラフとはある基準点における洪水流量を時間軸でグラフ化したもので、複数の基準点のハイドログラフを用いると、時間経過ごとの洪水流量の推移を見ることができる。また、ハイドログラフ上で示される最大流量がピーク流量である。計画ハイドログラフと計画ピーク流量は、モデル化された計画降雨を元に行われる洪水流出解析によって導出される。こうして計画高水が決定される。
計画高水が決定すれば、その流量について、どのような方法でどれだけの量を洪水調整するかが検討される。具体的な洪水調整の方法としては、ダム・遊水池・調整地の建設や氾濫原の復元などがあるが、各施設の位置・容量を設定し、洪水流出解析モデルに組み込ませた上で洪水調整量が算定される。
計画高水から洪水調整量を除いた流量が、治水計画上、河道に配分された洪水流量となる。既存の河道で洪水流量を十分流下させうる場合は問題ないが、十分な流量処理ができない場合は放水路を建設する必要が生じる。計画高水流量は次の式で決定される。
計画高水流量 = 計画高水(計画ピーク流量) - 洪水調節量 - 放水路流量
この式のほか、合理式と呼ばれる式もある。合理式は、流域面積が小さく、洪水調整施設(ダム等)もない河川の計画高水流量を決定する際に適用されることが多い。
計画高水流量に基づいて計画高水水位が決定される。これは、治水計画上の河川の洪水時水位である。一般に河川堤防の高さは計画高水水位よりも高く(約2.5m - 3m)設定されている。
治水計画は、以上の各過程が段階的に積み重ねられ、必要に応じて前段階に戻って再検討が加えられるなどのフィードバックも経ながら策定される。また、上流から下流まで水系を一貫した治水計画であることも重要である。日本のように洪水流に多量の土砂が含まれる地域では、上流域における砂防対策をも治水計画の視野に入れる必要がある。
1980年代・1990年代頃から、治水計画策定を支援することを目的として、流域内の水理・水文を視覚的に表すモデルが研究され、発展を遂げてきた。中でも、デンマーク水理研究所(DHI)が開発したMIKEシリーズというモデル群は、そのインターフェイスの簡明性と易操作性から世界各地で広く採用され、世界標準となりつつある。
治水構造物・事業の主要例
#治水対策の3方針で上述したように、治水対策は構造物の建設(治水容量の増大)のみならず、被害ポテンシャルの軽減も不可欠である。以下、治水対策として実施される主な構造物・事業を概観するが、以下に示すものだけが治水対策の全てでないことに注意しておく必要がある。
オメガ みしょう リプロヘル ひらがね 神の手 マップ るりこん ウシュ とよのか ブランデー タイプ リンギット ストール スキット ダビデ ケトル アグリ リーマン カサブ ラリアット ブライ バーン レジオ シザ イリノイ 誠の旗 こりんき サンキライ ひすい えーがた オーロ マルチ ジルコン セコンド ラダーラ ハラル アシン リトラコ リバティ フリー ヘメロ シャチ モッズ ロータリ タォマ ザール ハウリン もちがせ 紅の水 ダン
河川改修
河川改修は広い意味範囲を持つ用語である。堤防の建設などのほか、河床に堆積した土砂を除去することや河道の拡張も河川改修に含まれる。河川改修は必ず下流から上流に向かって実施される。上流部の流下能力が下流部のそれを上回ると、河川全域で洪水が発生する危険性が増すからである。
ダム
ダムは、洪水調節を行う上で非常に効果的な構造物である。ダムに貯水しうる流量(容量)は大きいので、多量の洪水調節量を負担させることができる。建設にかかる経済的・時間的コストがかなり大きいこと、ダム下流の水量が低下すること、自然環境へ与える影響が小さくないこと、などの問題点も抱えている
堤防
河川の流水が人間の生活・活動範囲へ流出するのを最前線で防御しているのが堤防である。堤防も、洪水流による越水や洗掘で破壊されたり、堤防地下を流れる浸透流によって漏水破壊されることがしばしばある。堤防の破壊を防ぐため、堤防護岸・裏法面の補強のほか、水制を設けて洪水流による堤防浸食を防止したり、大河川では数百メートルの幅を持ち洪水時にも破堤することのない高規格堤防(スーパー堤防)を築くなどの方策がとられている。詳細は堤防を参照。
放水路
既存の河道では、氾濫を起こさずに洪水流を流下させることが困難・不可能な場合、放水路が設置されることとなる。放水路は洪水流のバイパスと呼ぶべきもので、一般的には、広い河床を持つ直線的な流路として建設される。詳細は放水路を参照。
捷水路(しょうすいろ)
河川の屈曲部では河水が円滑に流下せず滞留しがちとなり、洪水の一因となることがある。屈曲部を短絡し、なるべく直線的に設けられた新河道を捷水路という。捷水路は、河道の流下能力を増加させる機能を持つ。
遊水池
遊水池の持つ機能は、ダムと同じく洪水調整量を負担することである。多くの場合、遊水池に面する河川堤防は他より低く建設され、洪水時には堤防を越えた河水が遊水池に流入する。下流の洪水流が十分流下しきった時点で、遊水池に貯留した河水が河川に戻されることとなる。遊水池の中には、平時は水田や公園等として使用されるが、洪水時には遊水池となるよう設定されたものもある。これを特に遊水地と呼ぶこともある。詳細は遊水池を参照。
氾濫原の復元
かつて氾濫原だったが、農地や住宅地などとして人間生活・活動に使用されている土地を再び氾濫原へ復元する事業は、主にヨーロッパ・アメリカ合衆国で盛んに実施されている。氾濫原は、ダムや遊水池と同様に洪水流を収容する能力を持っている。また氾濫原は、豊かな自然環境を保つことのできる場所でもあり、環境保全の観点から見ても、氾濫原の復元は望ましいことと言える。沖積平野の多い東アジアでは、氾濫原の復元を行うことは様々な自然条件的な困難を伴うため、あまり導入は進んでいない。
砂防・治山
治水を効果的に進めていくには、河川の上流域における土砂の動きを適切に管理する必要がある。主に土砂災害を防ぐために行われるのが砂防事業であり、森林保全を通じて土砂管理しようとするのが治山事業である。治水・砂防・治山は相互に影響を及ぼし合うので、互いに密接な連携を持ちながら遂行されていかなければならない。詳細は砂防、治山を参照。
水防
住民が自主的に洪水被害を軽減するために行う活動を水防という。具体的には、洪水警報が発令されたときに地域へ呼びかける、破堤しそうな箇所がないか警戒にあたる、破堤しそうな箇所があれば水防工法を用いて応急処置を行う、などの活動を実施する。水害を防ぐ上で非常に重要な活動であるが、例えば日本では、住民意識の変化に伴い行政を頼る傾向が強くなり、自ら守ることに立脚する水防意識が次第に弱まっていることが治水研究者などから指摘されている。
治水地図
治水を目的とした地図には、治水地形分類図やハザードマップなどがある。治水地形分類図は、日本において1976年 - 1978年に治水対策を進める上の基礎資料として作成された。ハザードマップは、水害時の被害予想をわかりやすく図示した災害地図をいう。被害ポテンシャルを軽減する効果が高い。住民への情報周知とあわせて、住民の水防意識を高める上で有効な手段である。詳細は治水地形分類図、ハザードマップを参照。この他、治水大国といえる日本では、近世期に作成された治水図と呼ばれる歴史的な地図が多数作られている。
洪水保険
洪水による人命・財産のリスクを軽減させる方策の一つが洪水保険である。洪水保険が特に発達しているのがアメリカ合衆国で、連邦政府が運営する全米洪水保険制度が存在している。アメリカを含め、各国で民間の洪水保険があるが、掛け金が著しく高額なため加入率は低率にとどまっている。
治水と河川環境
河川環境に配慮した治水対策
治水対策の中でも特に構造物対策は、河川環境に与える影響が大きい。20世紀に進められてきた治水対策は河川構造物の建設を主体としており、河川形状の画一化・無生物的な護岸の盛行などによって、河川における生態系の喪失・劣化が生じた。1960年代後期の西ドイツ・スイスなどで、生態系の維持に配慮した河川づくりの運動が興り、1970年代には、実際に西ドイツ・スイス・オーストリアでいわゆる近自然的な河川づくりが実施され始めた。ヨーロッパの自然条件の下では近自然的河川づくりと治水対策とを整合的に実施することが可能であり、かつての氾濫原で後に農地や住宅地として開発された地域を再び氾濫原に戻す事業が多く行われた。
こうした河川思想はアメリカやアジア各国へも波及し、例えば日本では、近自然的河川づくりを日本的に咀嚼した多自然型河川づくりが河川事業の中心に置かれるようになり、その他、中国では長江流域単位で河川の自然再生事業が行われたり、韓国では都市高速道路と河川の蓋を撤去して河川生態系の再生を図るソウルの清渓川事業などの取り組みが行われている。