南下政策(なんかせいさく)とは、ある国家が南部に進出する政策。単に南下政策といった場合はロシア帝国の南下政策を指すことが多い。
ロシア南下政策の最大の目的は年間を通しても凍らない不凍港の獲得であった。人口や国土において西欧と比較にならない大国のロシアが不凍港を獲得し本格的に海洋進出を始めることに対して地政学の見地から並々ならぬ脅威を覚えた西欧諸国は、南下政策を阻止することに非常な努力を注ぎ、この衝突が19世紀の欧州史における大きな軸となる。なおロシア帝国の南下政策の最終的な目標は、滅亡した東ローマ帝国の復興、コンスタンティノポリスの奪回にあった(ギリシア計画、あるいはエルサレム)とする見方もある。
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ロシア革命後のソビエト連邦後は、帝国主義に基づいた膨張政策を放棄したものの、当初は公然と革命輸出を唱えていたこともあり、革命の波及を恐れる列強によって封じ込め政策の対象となる。冷戦時代になると、社会主義陣営を拡張する動きが、かつての南下政策と同様の図式で語られることが多かった。
第2次ウィーン包囲(1683年)後の戦争で、中央ヨーロッパのカトリック諸国を中心とする神聖同盟に加入しオスマン帝国に対し参戦。1700年のコンスタンチノープル条約でアゾフ海の制海権を得た。